2026年02月22日

「根拠がない」という言葉の解釈を誤ることの危うさ


・5Gは危険である。
・コロナワクチンは危険である。
・代替医療は効果がある。
etc.

 これらは「根拠がない」という言葉を投げかけられ、
攻撃対象にされうる事象である。誰かが口にした「根拠
がない」という言葉を聞いたとき、それを「その事象も
ない」と短絡的に解釈する連中のいかに多いことか。

 だから国民の8割がコロワクとか打っちゃうのである。

■「根拠がない」の解釈

 「根拠がない」を「その事象もない」と解釈できるの
は、その事象を完全に否定できる材料を隙なくそろえて
いる場合だけであろう。「根拠がない」と口にした者が
どういうつもりで言っているのかは知らないが、

・根拠はあるのであろうが、解明には至っていないだけ
である。
・根拠はあるのであろうが、そう主張する者に説明能力
がない、または説明する気がないだけである。

可能性もあるのに、むしろその可能性のほうが高い場合
もあるのに、それらを切り捨てて「その事象もない」と
解釈しているのである。しかも、その事象と何かしらの
結果に相関が見られたとしても、である。

 それに、「根拠がない」と口にするだけの行為もまた
「根拠がない」という自覚がないことも問題であるし、
自分は何もせずに相手の説明に根拠を求めるという依存
的なことも問題である。
 「危険である」という事象を「根拠がない」から放置
したところで、現実問題として常に外部脅威にさらされ、
体は実害を被り続ける。いちいち根拠を示されなければ
「効果がある」という事象に着手しないのも滑稽である。

■考えの一貫性のなさも問題

 このように未知の「わからない」事象には根拠を求め、
納得しなければ受け入れない一方で、既知と思い込んで
いる事象には根拠を提示したとしても、確認し納得する
という工程を飛ばす一貫性のなさが見られる場合もある。

 現代人が当然のように使っている携帯電話であるが、

・なぜ線がつながっていないのに会話できるのか?
・特定の周波数帯の電磁波を使っている? なんだそれ?
・仮に地球の裏側から話していると言われたとしても、
その根拠は?
・それらを可能とする根拠となる技術を勉強して納得し
てから使うために、CDMAなどの技術を勉強したのか?
・その規格が正しいとする根拠は? わけのわからない横
文字でそれっぽく見せているだけのデタラメかもよ?

 所詮は根拠があるか、根拠に基づく結果が出ているか
などわざわざ考えず、「みんなが使っているから使って
いる」にすぎないのである。しかも、それを使うことに
よるリスクも考えずに、である。
 根拠を求める連中ほど、携帯電話の特定の周波数帯の
電磁波という目に見えない未知のものに対するリスクを
考え、使うことに慎重になりそうなものであるが、そう
はならず、むしろ逆のことを考えている矛盾である。

■陰謀追究界わいも同じ

 残念ながらこれは、陰謀追究界わいに踏み込んだとて
同じことをしている連中がいるのが実情である。

 1つは「新型コロナウイルスは存在しない」とか主張
している連中である。これも、「新型コロナウイルスの
存在証明がない」から「コロナは存在しない」と短絡的
に解釈しているのである。
 管理者は、新型コロナウイルスが存在するかどうかを
解明することに意味はない、いずれにしても本当に問題
視すべきは5Gであり、コロナを語るときは5Gとセットで
語るべきであると以前から主張している。

 「コロナは存在しない」と主張するのは結構であるが、
一向に次の話(5G)へ移らないところを見るに、本当に5G
について問題視していないか、コロナは存在しないこと
を突き止めた自分に酔っているだけなのは明白である。
 新型コロナウイルスについては、去年アメリカが生物
兵器であることを公表したと風のうわさでは聞いている
が、それが本当であれば「コロナは存在しない」と主張
していた連中はとんだ赤っ恥であろう。

 もう1つは代替医療を否定する連中である。陰謀追究
の世界へ踏み込んだ、西洋医学も否定する、食品添加物
などのわけのわからない化学物質にまみれている世の中
を憂うところまで行ったのに、なぜかこれを否定する。
 日頃は世の中の人たちに覚醒してもらうために活動し、
なかなかそうならないジレンマを感じているはずなのに、
その覚醒しない人たちと同じことをして代替医療関係者
にジレンマを与えるという矛盾である。

 いずれの場合も「保留」はどこへ行ったんだろうな。

■まとめ

 所詮は集団主義から脱却せず、考えているようで考え
ていないのである。しかも、そういう連中ほどブラック
企業の使えない上司のように「考えろ」とか言って触れ
回っているから始末に負えない。
 結局、どこまで行っても目の前にはくだらない現実が
横たわっているという事実にウンザリしてくるのである。
posted by iceage at 22:22| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月02日

生活習慣を変えずに生活の質を向上させる方法の模索


 以前、世の中の問題に対して「明るく前向きな」態度
で解決方法を示す行為が自己欺瞞(ぎまん)にしか見えず
ウンザリし、そういう対策に着手しなければならない世
の中に対してよけいにウンザリしていることを説明した。
 複雑怪奇な世の中のほうが悪いのになぜ自分が対策を
しなければならないのか、という想いがあるからよけい
に気が進まないが、そもそもそんな想いがなかったとし
ても対策をする余力が残っていないのが実情である。

■生活習慣に何かをプラスする余裕はないという実情

 生活の質を向上させるために現状の生活習慣に何かを
プラスするという方向での対策など、体力オバケにしか
できない芸当なのである。クソ労働で消耗し、平日の夜
も休日も有意義なことをする余力など残っていない。
 運動をするとか、四毒を抜いた食事をするとか、副業
で金が入ってくる仕組みを構築するとか、資格の勉強を
するとか、いやらしい動画を見ない(行為もしない)とか、
そんなものを継続して取り組めるわけがない。

 根源にクソ労働のストレスを抱えたままだからである。

 さらに、休日を有意義に過ごせなかったことから仕事
に集中できず、仕事と関係ないやりたいことを妄想する
が、いざまた休日に入ればそのやりたいことする余力も
残っておらず後悔してまた仕事に、という悪循環である。
 当ブログも1ヶ月に1回よりも遅いペースでしか記事を
書いていないのもそういうことである。世の中で言われ
ている「行動しろ」とか「言い訳するな」とか、そんな
具体性のない根性論にもウンザリするのである。

■生活習慣を変えずに生活の質を向上させる方法の模索

 ではどうするかといえば、現状の生活習慣をいっさい
変えなくても生活の質を向上させる方法を模索すること
となる。プラスの行動をする以前の部分で、まずは余力
を少しずつ確保して活路を見出すしかないのである。
 現状の生活習慣で必ず実施することに対して質を向上
させるということ、それによって常に付きまとっていた
悩みを解決するということ、現状の生活習慣で知らぬ間
に消耗していた要因を排除するということである。

 そして、初回、または限られた回数だけ対策をすれば
効果が永続するものなのか、何回も実施、継続しなけれ
ば効果を得られないうえに実施もかなり手間となるもの
なのか、という視点も重要である。
 必然的に、生活習慣を変えずに、ということであれば
前者となる。後者は、潜在意識の力を借りてそれこそが
新たな生活習慣であると認識するまでが大変で、その前
に挫折する類(たぐい)のものである。

■最近導入した対策例

 効果が永続するかどうかという視点で考慮しなくても
以前からすでに導入していた対策については、いずれ別
の機会に紹介するとして、本記事では最近導入した対策
を挙げていく。

・自宅の部屋から黒い色のものを少し排除

 最近あるYouTubeの動画で知ったことであるが、黒い
色というのは無意識に緊張を生み出し、消耗するらしい。
よって、自宅の部屋にあるリラックスを阻害する黒い色
のものは、排除するか、隠すようにするのである。

 真っ先に目につくのは、電源を入れていないテレビで
あり、しかも面積も大きい。捨てるという選択肢もある
が、それができるのであればとっくの昔にそうしている
はずであり、今持っていることはないのである。
 テレビを捨てられず、しかし頻繁に見ているわけでも
ない場合は、モニター用カバーを購入し、かけるという
のがおすすめとなる。大した値段もかからず数日後には
導入でき、いったん購入すれば効果も永続するのである。

 次に目についたのは、部屋着として使用している黒い
長袖Tシャツである。それを着て生活していれば頻繁に
視界に混入してくるし、特に洗面台に立って鏡を見れば
面積の大きいものを見ることになるのである。
 当然、黒い長袖Tシャツは捨て、黒でない長袖Tシャツ
を購入するということになる。こちらも、大した値段も
かからず効果も永続するだけでなく、今の時代は近所の
コンビニでも購入できるため、即座に導入可能である。

・疲労回復効果のあるシャワーヘッドへ変更

 具体的な商品名は「シン・エルメック」であり、この
シャワーヘッドへ変更する。基本的に湯舟につからなけ
れば疲労はなかなか回復しないものであるが、シャワー
だけでも回復するのがこちらとなる。値段は相当高いが。
 クソ労働の疲労から寝落ちして朝シャワーで済ませて
出勤するようなことをまれに実施する、風呂キャンセル
界わいに片足を突っ込んでいるような状態の人間には、
これくらいの代物は必要になってくるのである。

 本来は湯舟につかること、それだけでなく最後20分は
エプソムソルトを入れてつかるというのが理想であるが、
そこまで実施する余力がない。実施できずマグネシウム
が不足してさらに余力がなくなるという悪循環となる。
 シン・エルメックを通してためたお湯で上記を実施す
れば効果は上乗せされる。シャワーだけでも疲労が回復
するという事実を契機に寝落ちパターンを減らし、湯船
につかることを増やすことができればよいことになる。

 シン・エルメックの効果の詳細は、説明サイトを参照
されたいが、体臭、抜け毛、くせ毛、体の痛みといった
人が持ちうる悩みの種となる部分も軽減するため、その
点においても余力を確保できることになる。
 カートリッジ式の塩素除去効果のあるシャワーヘッド
ほどではないが、塩素除去効果がありカートリッジ交換
もないため、初期費用だけで永続的に使える。ただし、
物理的に壊さないように注意する必要はある。

・特殊なシャンプーブラシを導入

 具体的な商品名は「P-UPクレアシャンプーブラシ」で
あり、このシャンプーブラシを導入する。予洗い前、予
洗い時、シャンプー後のすすぎ時に使い、頭皮の汚れや
残り洗剤などをしっかり落とすことができる。
 これも抜け毛、頭皮の臭いといった人が持ちうる悩み
の種となる部分を軽減するため、余力を確保できること
になる。そのうえ、シン・エルメックと併用することに
なるため、相乗効果となる。

 また、これも寝落ちパターンを減らし、湯船につかる
ことを増やす契機となるのである。多少は値段が高く、
生活習慣に追加という形になるが、必ず実施する習慣に
少し追加される程度のため、それほど負担にはならない。
 シン・エルメックもP-UPクレアシャンプーブラシも、
洗浄効果は高いため、シャンプーもそれほど量を使わな
くてもよく、2日に1回は湯シャンでもいいくらいである。
経済的負担の軽減からも余力の確保につながるのである。

■効果とまとめ

 実際に上記をそれぞれ導入してみて、以前よりは少し
余力を確保できていると感じている。シン・エルメック
が特に効いているのか、シャワーだけで済ませた場合で
も、以前よりは少し疲れなくなったと感じている。
 P-UPクレアシャンプーブラシは、個人的には予洗い時
が最も気持ちよく感じるし、予洗い時に限らずブラシを
通した後は髪がツルンとするため、本気で感動を覚える
代物である。

 ただし、それはそれである。今回挙げたような対策に
着手しなければならない世の中であるという視点を忘れ
ないようにする必要がある点に変更はない。「正しい」
と「合理的である」は違うのである。


posted by iceage at 19:55| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年08月17日

落とし穴回避ゲーム 〜考え「させられ」ているという現実〜


 何もかもが面倒くせぇ。

 世の中、自己啓発じみた内容がいかにも明るく前向き
な言葉、雰囲気で語られていることが多い。管理者は火
属性の星座が少ないというのもあるだろうが、あんなの
を見ても、みじんも心に響かないどころかウンザリする。
 自分らのしていることの本質をわかっているのか疑問
であるし、「お前らはどうせやらないだろ」とか思って
そうであるし、やらないことは正しくないという雰囲気
さえあるし、自己欺瞞(ぎまん)にしか見えないのである。

■複雑怪奇な仕組みに対する複雑怪奇な攻略法

 知れたことである。世の中のさまざなま仕組みが複雑
怪奇になりすぎて、それに対処するための攻略法も複雑
怪奇になりすぎているからである。「明るく前向きな」
ものを発信している連中は、本当にわかっているのか?
 「複雑怪奇な仕組みのそばに複雑怪奇な攻略法あり」
なので、そこには金も時間も労力も精神も浪費させられ
ているのである。それは決して「明るく前向きな」姿勢
で語られていいような代物ではないということである。

 同じことをするにしても、それを正しいと思い込んで
いるのと、くだらない現実に対処すべく仕方なく合理的
な手段をとっていると自覚しているのとでは、まったく
意味が違うのである。
 だから当ブログでは「明るく前向きな」言葉など使う
ことはないし、いかに環境という外部からの脅威が悪い
のかということを皮肉交じりに説明するし、金さえかけ
れば何とか解決できる方法しか紹介していないのである。

 いかんせん、自己啓発の類(たぐい)というのはまた、
心がけみたいなものを永続しなければならないうえに、
それに基づく行動をも永続しなければならないところが
心底ウンザリするのである。
 そして、そんなものに着手しなければならないほど世
の中の仕組みが複雑怪奇化したという事実を知っている
から二重にウンザリするし、その自覚がない「明るく前
向きな」連中がいるから三重にウンザリするのである。

■マッチポンプ

 これでも複雑怪奇な攻略法を「単独で」発信するなら
まだマシという現実があるのである。複雑怪奇な攻略法
を発信する連中が、複雑怪奇な世の中の仕組みを作って
いる連中と同一であるという現実まであるから笑えない。
 いわゆるマッチポンプである。こうなってしまうと、
複雑怪奇な攻略法と思っているものさえ、まるで問題を
解決しないどころか、よけいに問題が悪化することにも
なりかねないから最悪である。

 日本の株式相場がバブル時高値を更新してから、国家
テロリストにしか見えない政腐の連中が推奨する新NISA
で投資することが、正しいと思っているのか、仕方なく
そうしていると自覚しているのかを考えるべきであろう。
 投資に着手しなければならないほど、企業が従業員に
給与を出し渋っているという事実や、不安な心にかられ
た投資家からなけなしの金さえも搾取しようという思惑
がある可能性を自覚しているのかを考えるべきであろう。

■落とし穴回避ゲーム

 落とし穴回避ゲームを終わらせに来た。

 陰謀追究界わいに身を置く理由としては、ワンピース
風の言い回しになるが、この一言ですべてを表せるので
あり、この一言さえ忘れなければ目的を見失わないので
ある。攻略法を教えに来たことは本来の目的ではない。

 落とし穴回避ゲームを仕掛けられたことで

・ 落とし穴を回避できた者
・ 落とし穴に落ちたがすぐに出た者
・ 落とし穴に落ち、出るのに時間がかかった者
・ 落とし穴に落ち、ケガをしたため回復後に出た者
・ 落とし穴に落ち、出られなくてあきらめた者
・ 落とし穴に落ち、ケガが回復せずに出られない者
・ 落とし穴に落ち、出られないため他者からの救助で
 出られたが、再び歩むことをあきらめた者

がいて、パターンは上記だけではなくさまざまあるが、
そこには等しく罠を仕掛けられて、被害の程度の違いが
存在するだけである。そして、被害の程度の違いに優劣
など本来は存在しないのである。
 被害を被った後に対処したからえらい、対処しなかっ
たからえらくないとかはないし、被害を回避できた場合
でもよけいな思考を使わされているのである。本来見る
べきは落とし穴を仕掛けられたという事実のみである。

■まとめ

 今一度、自分がどういう立場で、どういう態度でそれ
を言っているのか、それは考えているのか、考え「させ
られ」ているのか、特にこの界わいの連中は本当の意味
で考え、自覚するべきであろう。
 そうでなければ、その「明るく前向きな」態度も自己
欺瞞にしか映らず他者に不快感を与え、マッチポンプを
やっている連中と同様、国津罪(くにつつみ)を犯す本末
転倒になりかねないのである。
posted by iceage at 18:30| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年07月20日

「8時10分前」とかいう排除すべき言葉


 最近、「『8時10分前』と言われたら何時に行く?」と
いう記事が立て続けに出ている。ああ、そりゃぁ管理者
は社会通念上「7時50分」であることくらい知っている
が、自分ではそんな頭の悪い表現は絶対に使わない。
 そして、答えを知っていたところで、「7時50分」と
素直に答えるとは限らない。端的に「8時10分前」など
と表現しているが、それ以外の前提条件を問いただし、
質問の仕方自体の悪さを問いただすかもしれない。

■一応、考えればわかるが…

 「8時10分前」と言われて、「7時50分」という答えに
たどり着くことは一応できるといえばできるのである。
「8時10分の前」ならば「8時10分までに」と言うだろう
から、そう言わないということは違うと判断はできる。
 「8時10分の前」なのか「8時の10分前」なのかを直接
確認してもよいだろうが、それを聞きづらい場合も多い
だろう。前提条件として8時ちょうどに何かイベントが
あるかどうかでも判断はできる。

 もっとも、質問の答えがわからなくても対処は可能で
はある。「8時10分」と思っていたが実は「7時50分」の
場合と、「7時50分」と思っていたが実は「8時10分」の
場合は、後者であれば集合時刻に遅れることはない。
 結局、考えれば答えがわかり、答えがわからなくても
対処はできるといっても、面倒くさいことこの上ない。
「8時10分前」とかいう頭の悪い表現を使っていないで、
最初から「7時50分までに」と表現すれば済む話である。

■「常識」と言い放つ頭の悪い者たち

 記事にしてもYouTubeにしても、そこのコメント欄で
「こんな無配慮であいまいな表現を使うほうが悪い」と
いう意見が大量に並んでいてもなお、「知らないほうが
常識がない」などと言い放つ頭の悪い者たちがいる。
 アナログ時計の読み方で習ったとか言って「常識」を
主張したところでまるで説得力がない。一方で「無配慮
であいまいな表現」なのは明白な事実である。「常識を
教育すべきである」などと息巻いている者もいるが、

 もう自分で答えを言ってるじゃん。

 つまり、わざわざ「教育」しなければならないほどに
わかりづらい表現であるということであり、しかし当人
たちは無自覚なのである。最初から「7時50分までに」
と表現すれば、「教育」はまったく要らないのである。
 こういう「常識」を知らない若者が育った家庭は問題
があるのだろうか? そうは思わない。むしろ、このよう
な頭の悪い表現は意図的に使わなかったか、使う場面が
なかったということであるから、いい家庭である。

 さて、

「8時20分前」は何時何分集合なんだい?
「8時30分前」は何時何分集合なんだい?
「8時40分前」は何時何分集合なんだい?
「8時50分前」は何時何分集合なんだい?

 上記の場合、いずれも「前」の前に「の」を入れなく
てもその時刻になるのであろうが、この者たちが「上記
のような表現はしない」と答えることは想像に難(かた)
くないし、実際にそう答えれば、

 もう自分で答えを言ってるじゃん。

 となるわけである。なぜ「8時10分前」(要するに8時
に近い時刻のとき)だけ例外処理としてそういう表現を
し、そして「7時50分」となるのか? わざわざ不規則な
例外処理を作る必要はないのである。
 それに、何かしらのイベントが8時ちょうどではなく
8時15分とかである場合に「8時15分10分前」などと表現
するのであろうか? そういう意味でも、まったくもって
不要な例外処理と言っているのである。

■「10分前集合」を無条件で受け入れる者たち

 ああ、知っている。要するに「10分前集合」とかいう
価値観を無条件で受け入れているから、「8時10分前」
とかいう例外処理も無条件で受け入れて「常識」などと
主張するわけである。
 管理者は1秒1ナノ秒でも長く寝ていたいから「10分前
集合」などという概念は持ち出さない。文字どおりその
時刻どおりに行けばいいだろ、としか思わない。遅刻し
ていないのに文句を言う奴など理解の外である。

 そもそも「10分前集合」というのは海軍が起源である
とされている。1人の遅刻が、組織全体に影響を及ぼす
から生まれた概念である。人と待ち合わせをする場合は
必要であろうが、常に必要であるとは思わない。
 会社の始業など、その最たる例である。自分1人遅刻
したところで組織全体に影響を及ぼすことなどまずあり
得ない。自分が遅刻分給与を引かれるだけであり、自分
以外は何の影響もなく各自の業務を開始するだけである。

 そういう前提条件を考慮せず「10分前集合」を無条件
で受け入れ、別に遅刻していないのに「10分前集合」で
なかったということで文句を言おうものなら、今の時代
は当然ブラック企業認定されるのである。
 「ふだん『10分前集合』できない奴は人と待ち合わせ
をする場合でもやらかす」と言いたいのであろうが、で
あれば、資料の誤字脱字、漢字変換の指摘も「本質とは
関係ない」とか言い訳しないでもらいたいものである。

■実業務にも悪影響

 「8時10分前」という頭の悪い表現を「常識」として
譲らない者たちは、当然実業務にも悪影響を及ぼすので
ある。その職場独自、またはその業界独自であり、かつ
あいまいで誤解を生みかねない用語を放置するのである。
 一般的であり、かつ誤解を生まない明白な用語に置き
換えられ、元の用語に文字列長圧縮効果すらない場合に
おいても、それを後から入ってきた新人が改善提案して
も断固として否定する老害ぶりを発揮するのである。

 管理者も、過去何度もそういう場面に遭遇してはその
都度そういう用語を職場から排除してきたが、そういう
用語にエナジーを使うわずらわしさと、それを放置する
老害がいるという事実で、二重に疲弊するのである。
 こういう場合は、一般的であり誤解を生まない明白な
用語のほうが仮に最初に導入されたとして、後から入っ
てきた新人が、一般的でない誤解を生むあいまいな今の
用語を改善提案してくるのか、を問えばよいのである。

■自己責任? 自責思考? コミュニケーション能力?

 ああ、そういえば、現代は自己責任や自責思考がもて
はやされているんだっけ? であれば、誤解を生む表現が
原因でミスをしても自分が悪い、次からミスしなければ
よい、他者が同じミスをしてもそいつが悪いのである。
 こんな事例ひとつ取っても、自己責任や自責思考など
言葉自体を使うべきでないと思うし、まして他者へ振り
かざすなど論外である。検索エンジンで「自責思考」の
サジェストに「うつ」と出ることも知らないのだろうな。

 「上」が指示するときは、表現があいまいであったと
しても「下」は正確に読み取らなければならず、「下」
が報告するときは、あいまいな表現は許されないうえに
「上」の機嫌を損ねることさえ許されない。
 ましてそれを、より多くの給与をもらっている「上」
がやっているのである。氷河期世代後半組の就活時から
叫ばれるようになったコミュニケーション能力であるが、
聞いてあきれるし、いかにご都合主義であるかがわかる。

 反吐(へど)が出る。

■まとめ

 管理者は、時代の変化に伴い言葉も変化していくから
柔軟に対応していくべきである、などという、いかにも
物わかりのよい自己欺瞞(ぎまん)じみたもっともらしい
ことを言っているのではない。
 「8時10分前」などという、あいまいで誤解を生む無
配慮な表現をこれまで使用していたことが明白な間違い
であるのだから、確実にわかる正確な表現へ正すべきと、
そう言っているのである。

 もう今は「風の時代」が本格的に開始した状態である。
言葉に責任を持たない行為は許されないのである。
posted by iceage at 17:17| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年03月16日

欺瞞(ぎまん)を無自覚に語る者たち その2


・執着しないという執着
・べき論を使う「べき」ではないという矛盾
・足の引っ張り合いという足を引っ張る行為

 やっぱマジでウケる。

 簡単に矛盾を指摘できる、スピリチュアリストやスピ
かぶれの陰謀追究者の連中が好きそうな言葉を追加して
みた。もっとも、こういう連中でなくても使用している
場面を見かける言葉もあるが…。

■本当に足の引っ張り「合い」なのか

 「足の引っ張り合い」など、管理者からすれば明白な
思考停止ワードである。「世間様」の間ではもはや慣例
的に使われており、本当に足の引っ張り「合い」なのか
もロクに見ず、脊髄反射で発しているからである。
 そういう対立の一部始終を見たうえで、双方とも論理
性、道理性に欠けるというのであれば、言葉どおり「足
の引っ張り合い」でもよいのだろうが、実際はそうでは
なかろう。

 論理的、道理的に考えた結果、敵対する相手は論理性、
道理性に欠けるから間違っており、その考えに基づいて
行動する自分は正しいから、相手が「一方的に足を引っ
張る」行為であると、自分はそう言っているのである。
 そういう「一方的に足を引っ張る」行為に対しては、
引っ張る手を踏みつけ、顔面に蹴りを入れるのは当然で
あり、「足の引っ張り合い」などとわかったように軽口
をたたく連中も同じ勢力であるとみなすのも当然である。

■上から目線なのはどちらか

 さて、「世間様」だけでなく、この界わいでさえも、
ごう慢、上から目線、コントロール、支配といったもの
が絶対悪であるという感覚は変わらないらしく、管理者
には理解の外であることは以前説明したとおりである。
 「足の引っ張り合い」などという言葉を、対立の一部
始終をロクに見ず、無自覚に脊髄反射でわかったように
発し、我関せずという態度でいることのほうがよっぽど
上から目線に見えるものである。

 毎度同じ結論にしかならないが、結局集団主義という
畜生道を抜けて「こちら側」の界わいに来たつもりでも、
その価値観は大して変わることはなく、欺瞞(ぎまん)を
無自覚に語り続けているのである。
 スピリチュアルばかりを勉強してほかの分野の勉強、
とりわけ論理学をおろそかにする連中には永劫理解でき
ない感覚であろう。「一方的に足を引っ張る」連中だけ
でなく、それに加担する連中にも心底ウンザリである。
posted by iceage at 16:17| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする