2025年07月20日

「8時10分前」とかいう排除すべき言葉


 最近、「『8時10分前』と言われたら何時に行く?」と
いう記事が立て続けに出ている。ああ、そりゃぁ管理者
は社会通念上「7時50分」であることくらい知っている
が、自分ではそんな頭の悪い表現は絶対に使わない。
 そして、答えを知っていたところで、「7時50分」と
素直に答えるとは限らない。端的に「8時10分前」など
と表現しているが、それ以外の前提条件を問いただし、
質問の仕方自体の悪さを問いただすかもしれない。

■一応、考えればわかるが…

 「8時10分前」と言われて、「7時50分」という答えに
たどり着くことは一応できるといえばできるのである。
「8時10分の前」ならば「8時10分までに」と言うだろう
から、そう言わないということは違うと判断はできる。
 「8時10分の前」なのか「8時の10分前」なのかを直接
確認してもよいだろうが、それを聞きづらい場合も多い
だろう。前提条件として8時ちょうどに何かイベントが
あるかどうかでも判断はできる。

 もっとも、質問の答えがわからなくても対処は可能で
はある。「8時10分」と思っていたが実は「7時50分」の
場合と、「7時50分」と思っていたが実は「8時10分」の
場合は、後者であれば集合時刻に遅れることはない。
 結局、考えれば答えがわかり、答えがわからなくても
対処はできるといっても、面倒くさいことこの上ない。
「8時10分前」とかいう頭の悪い表現を使っていないで、
最初から「7時50分までに」と表現すれば済む話である。

■「常識」と言い放つ頭の悪い者たち

 記事にしてもYouTubeにしても、そこのコメント欄で
「こんな無配慮であいまいな表現を使うほうが悪い」と
いう意見が大量に並んでいてもなお、「知らないほうが
常識がない」などと言い放つ頭の悪い者たちがいる。
 アナログ時計の読み方で習ったとか言って「常識」を
主張したところでまるで説得力がない。一方で「無配慮
であいまいな表現」なのは明白な事実である。「常識を
教育すべきである」などと息巻いている者もいるが、

 もう自分で答えを言ってるじゃん。

 つまり、わざわざ「教育」しなければならないほどに
わかりづらい表現であるということであり、しかし当人
たちは無自覚なのである。最初から「7時50分までに」
と表現すれば、「教育」はまったく要らないのである。
 こういう「常識」を知らない若者が育った家庭は問題
があるのだろうか? そうは思わない。むしろ、このよう
な頭の悪い表現は意図的に使わなかったか、使う場面が
なかったということであるから、いい家庭である。

 さて、

「8時20分前」は何時何分集合なんだい?
「8時30分前」は何時何分集合なんだい?
「8時40分前」は何時何分集合なんだい?
「8時50分前」は何時何分集合なんだい?

 上記の場合、いずれも「前」の前に「の」を入れなく
てもその時刻になるのであろうが、この者たちが「上記
のような表現はしない」と答えることは想像に難(かた)
くないし、実際にそう答えれば、

 もう自分で答えを言ってるじゃん。

 となるわけである。なぜ「8時10分前」(要するに8時
に近い時刻のとき)だけ例外処理としてそういう表現を
し、そして「7時50分」となるのか? わざわざ不規則な
例外処理を作る必要はないのである。
 それに、何かしらのイベントが8時ちょうどではなく
8時15分とかである場合に「8時15分10分前」などと表現
するのであろうか? そういう意味でも、まったくもって
不要な例外処理と言っているのである。

■「10分前集合」を無条件で受け入れる者たち

 ああ、知っている。要するに「10分前集合」とかいう
価値観を無条件で受け入れているから、「8時10分前」
とかいう例外処理も無条件で受け入れて「常識」などと
主張するわけである。
 管理者は1秒1ナノ秒でも長く寝ていたいから「10分前
集合」などという概念は持ち出さない。文字どおりその
時刻どおりに行けばいいだろ、としか思わない。遅刻し
ていないのに文句を言う奴など理解の外である。

 そもそも「10分前集合」というのは海軍が起源である
とされている。1人の遅刻が、組織全体に影響を及ぼす
から生まれた概念である。人と待ち合わせをする場合は
必要であろうが、常に必要であるとは思わない。
 会社の始業など、その最たる例である。自分1人遅刻
したところで組織全体に影響を及ぼすことなどまずあり
得ない。自分が遅刻分給与を引かれるだけであり、自分
以外は何の影響もなく各自の業務を開始するだけである。

 そういう前提条件を考慮せず「10分前集合」を無条件
で受け入れ、別に遅刻していないのに「10分前集合」で
なかったということで文句を言おうものなら、今の時代
は当然ブラック企業認定されるのである。
 「ふだん『10分前集合』できない奴は人と待ち合わせ
をする場合でもやらかす」と言いたいのであろうが、で
あれば、資料の誤字脱字、漢字変換の指摘も「本質とは
関係ない」とか言い訳しないでもらいたいものである。

■実業務にも悪影響

 「8時10分前」という頭の悪い表現を「常識」として
譲らない者たちは、当然実業務にも悪影響を及ぼすので
ある。その職場独自、またはその業界独自であり、かつ
あいまいで誤解を生みかねない用語を放置するのである。
 一般的であり、かつ誤解を生まない明白な用語に置き
換えられ、元の用語に文字列長圧縮効果すらない場合に
おいても、それを後から入ってきた新人が改善提案して
も断固として否定する老害ぶりを発揮するのである。

 管理者も、過去何度もそういう場面に遭遇してはその
都度そういう用語を職場から排除してきたが、そういう
用語にエナジーを使うわずらわしさと、それを放置する
老害がいるという事実で、二重に疲弊するのである。
 こういう場合は、一般的であり誤解を生まない明白な
用語のほうが仮に最初に導入されたとして、後から入っ
てきた新人が、一般的でない誤解を生むあいまいな今の
用語を改善提案してくるのか、を問えばよいのである。

■自己責任? 自責思考? コミュニケーション能力?

 ああ、そういえば、現代は自己責任や自責思考がもて
はやされているんだっけ? であれば、誤解を生む表現が
原因でミスをしても自分が悪い、次からミスしなければ
よい、他者が同じミスをしてもそいつが悪いのである。
 こんな事例ひとつ取っても、自己責任や自責思考など
言葉自体を使うべきでないと思うし、まして他者へ振り
かざすなど論外である。検索エンジンで「自責思考」の
サジェストに「うつ」と出ることも知らないのだろうな。

 「上」が指示するときは、表現があいまいであったと
しても「下」は正確に読み取らなければならず、「下」
が報告するときは、あいまいな表現は許されないうえに
「上」の機嫌を損ねることさえ許されない。
 ましてそれを、より多くの給与をもらっている「上」
がやっているのである。氷河期世代後半組の就活時から
叫ばれるようになったコミュニケーション能力であるが、
聞いてあきれるし、いかにご都合主義であるかがわかる。

 反吐(へど)が出る。

■まとめ

 管理者は、時代の変化に伴い言葉も変化していくから
柔軟に対応していくべきである、などという、いかにも
物わかりのよい自己欺瞞(ぎまん)じみたもっともらしい
ことを言っているのではない。
 「8時10分前」などという、あいまいで誤解を生む無
配慮な表現をこれまで使用していたことが明白な間違い
であるのだから、確実にわかる正確な表現へ正すべきと、
そう言っているのである。

 もう今は「風の時代」が本格的に開始した状態である。
言葉に責任を持たない行為は許されないのである。
posted by iceage at 17:17| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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