サイレントテロを実践している人たちなら当然わかっ
ていると思うが、年末から当面は特に注意するべき期間
である。下記に列挙したことをすることのくだらなさで
ある。
a)忘年会に出席する。
b)年賀状を書く。
c)クリスマス(またはイブ)にチキンを食べる。
d)クリスマス(またはイブ)にケーキを食べる。
e)クリスマス(またはイブ)に異性と性夜を過ごす。
f)クリスマスプレゼントを買う。
g)実家へ帰る。
h)大みそかに年越しそばを食べる。
i)大みそかに紅白歌合戦を見る。
j)年末ジャンボ宝くじを買う。
k)正月におせち料理を食べる。
l)正月にもちを食べる。
m)正月に初日の出を見に行く。
n)正月に初詣に行く。
o)正月に子供、孫、親戚の子供などにお年玉をあげる。
p)正月に自分の親、配偶者の親にあいさつ回りに行く。
q)正月に福袋を買う。
r)新年会に出席する。
s)恵方巻を食べる。
t)バレンタインデーにチョコレートを買う。
■サイレントテロ
サイレントテロとは、腐り切った大企業の買いあおり
には耳を貸さずに非消費を貫き、その大企業を衰退させ
ようとする思想である。金がない人たちが実践する場合
には自爆テロという側面も持ち合わせている。
管理者は陰謀追究の世界に踏み込む前からこれを知り、
実践もしてきたが、これはどうやら決してルサンチマン
というわけではなく、本当にこの腐り切った世界をよく
するための思想であると確信するようになった。
「サイレントテロ十訓」というものが定められている
が、これは電通の「戦略十訓」が元になっている。その
電通など、ディープステート企業の最たるところであり、
それに抗う思想と考えればよくわかることである。
さして必要でもなくしかも粗悪なものを、さも必要で
あるかのように演出して買いあおるというだけでなく、
その裏にある消費者軽視、生命軽視、環境軽視といった
ものもかいま見えるのである。
■イベントの起源
年末からバレンタインデーまでさまざまなイベントが
存在するが、それらの起源をたどれば果たしてその消費、
いや浪費行動がいかに間違っているか、イベントに乗じ
て好き勝手なことをやっているかがわかるだろう。
管理者が知らなかっただけかもしれないが、恵方巻を
過剰に売りつけるようになったのは、ここ数年であった
ように思う。また、年末より前になるが、ハロウィンを
やるようになったのもここ数年ではなかったか。
恵方巻は男のアレをくわえることが起源になっている
のにそれを知らずに食べる愚かしさである。クリスマス
イブはいつからチキンやケーキを食べ、性夜を過ごす日
になったのであろうか。
おせち料理は正月に働かなくていいようにするための
保存食が起源であり、まずいのが当然である。しかし、
正月でも食材が手に入る現在においてもそのまずい料理
を、まして正月早々からわざわざ食べているのである。
別に騒ぎ立てなければ浪費行動など何も起こらないと
いうところにイベントを立ち上げ、その起源などお構い
なしに適当に粗悪な商品を売りつけ、惰性で生きている
連中はそれをすっ高値でつかまされるわけである。
■大量生産、中程度浪費、大量破棄、自爆営業
特に食べ物関連においては、そんなイベントのせいで
どれほどの生命が犠牲になっているか。陰謀追究の世界
では食肉生産現場の惨状は嫌でも情報が入ってくる機会
が多いため、なおさら想像に難(かた)くないのである。
それだけ大量生産されたものがすべて浪費されるなら
ともかく、結局大量に余らせて大量破棄することになる
か、従業員が自爆営業させられることとなる。上級国民
と愚かな浪費者以外誰も幸せにしないシステムである。
生命の犠牲を考えるなら、サイレントテロなどせずに
犠牲を無駄にしないためにも購入すべきという声が聞こ
えてきそうであるが、それはお門違いである。すべては
こういうイベントを利用する企業側の責任である。
むしろ、消費者の側がこういうイベントにはいっさい
加担しないということをいっせいにやるか、上級国民を
早いところ戦争犯罪でいっせいに粛清するくらいのこと
がない限り、この流れは止まらないだろう。
■「つまらない奴」というレッテル貼り
こういうイベントに乗らない者に「つまらない奴」と
レッテルを貼るのも、イベントを維持したい側の策略で
ある。集団主義の性質を利用して、そのレッテルを貼ら
れるのを嫌うように仕向けられているのである。
学校の集団主義洗脳去勢狂育の時点で、協調性がある
とかないとか、明るいとか暗いとか、陽キャとか陰キャ
とか、ポジティブとかネガティブとか、くだらん価値観
を植え付けてきた成果であろう。
この手のレッテル貼りも、数十年前からすでに哲学者
に語られている集団主義の性質の典型的パターンであり、
マジョリティの無自覚なごう慢さから出た怠惰な言葉で
あることがわかっていれば、動じることはない。
サイレントテロには冠婚葬祭に金を落とさないという
考え方もある。通常であれば「人でなし」とレッテルを
貼るところであろうが、それによって冠婚葬祭が聖域化
され、やりたい放題である実情を見越しているのである。
■新型コロナウイルスで気づくというのは幻想
昨今は新型コロナウイルスの影響で実家へ帰ることを
制限され、いよいよそれが本当に必要な行動であるのか
に疑問を持つようになった者がいるのであろうか? まあ、
そんなところで気づくようでは遅すぎるのである。
コロナや5Gの実情を知る者であれば、実家へ帰ること
をコロナで判断することはないし、以前からサイレント
テロを実践する者であれば、コロナや5Gの実情を見抜く
ことも容易であろう。
残念ながら、いまだにコロナは怖いとか5Gの危険性を
認識していないような連中は、仮にコロナの脅威がなく
なったと「世間様」が判断すれば、以前と同様に疑問も
抱かずに実家へ帰ることを再開するのである。
よりによって、そういう連中は当然コロナワクチンを
接種しているだろうし、そういう連中が集まる空間には
スパイクたんぱく質が充満することになる。気づいた者
たちにはますます実家へ帰る理由がなくなったのである。
初詣もコロナの影響をどこまで受けているのかは知ら
ないが、惰性で生きている連中がこぞって集まるような
場所であるから、そこで祈る内容も私利私欲にまみれた
ドス黒いものになることは想像に難くない。
スピリチュアル的な観点からは相当に低い波動が充満
していることになる。まして今年からはコロナワクチン
接種者がまき散らすスパイクたんぱく質の霊障まで低い
波動に乗っかることになるからたまったものではない。
■まとめ
もはやサイレントテロで腐り切った大企業に嫌がらせ
をしようという段階ではなく、そこに存在するさまざま
な社会問題を本気で解決するべき段階に迫っているので
ある。
前提条件を見直し、大義を見直し、本当に必要な消費
をしているかどうかを考え、適切な消費行動をとること
が、腐り切った大企業を衰退させ、本当に必要な企業を
繁栄させ、最小不幸社会を作る一歩となりうるのである。
https://twitter.com/Tetoitonuno/status/1474596245239119882
https://twitter.com/prism31415/status/1475258861309538304

