2021年08月29日

新型コロナワクチンに対する見解


 ここ数年、陰謀追究界わいを見てきた者として、新型
コロナウイルスのワクチンに関する見解を述べておくと
する。
 結論から言えば、管理者は絶対に接種することはない
が、さりとて他者が接種することを断固阻止するという
つもりはみじんもない。

■バカにつける薬

 管理者から見たら、コロナワクチンとは「開発に成功
した唯一の『バカにつける薬』」なのである。その意味
がお分かりだろうか? バカを直すために差し出す代償は
ひとつしかあるまい。
 別にビル・ゲイツがどうとか陰謀論の話を抜きにして
も、過去数十年だけでも薬害事件で何が起きていたのか、
歴史に学ばない愚者はそんなことにも思考が及ばないの
である。その事件が現在進行中であることもわかるまい。

 そもそもコロナ自体が風邪以上インフルエンザ未満の
毒性しかなく5Gとの複合攻撃をしているか、コロナすら
存在せず5Gだけで攻撃しているとも言われている。本来
なら5G対策さえしてしまえばほぼ終わりな話である。
 ワクチンにはコロナ防止効果などなく、聞き慣れない
「副反応」という名の「主作用」が存在するだけのただ
の毒である。1度接種したが最期、2度と元の体には戻ら
ず、永遠にスパイクたんぱく質をまき散らす体になる。

■論理的思考力がないだけ

 この手の話になると、「ワクチンが危険であるという
証拠を出せ」と言われかねないが、その口車に乗ること
はない。それを言う彼らには、ワクチンが安全であると
いう証拠を出せるのだろうか?
 ワクチンが危険である証拠を示さないことは、それが
安全であることの証明にはならない。その逆もしかりで
ある。なぜ彼らは、ワクチンが危険であるという主張を
デマであると一方的に決めつけるのか、理解に苦しむ。

 ワクチンが危険である証拠をかき集めてくることは、
やろうと思えばできるのかもしれない。しかし、そんな
ことに労力を費やしたくない。しかもそれを集めて理路
整然と説明することにまで労力がかかるのである。
 それをすることによって守られるかもしれない者たち
に、人としての価値を見出せないのである。別に止めは
しない。四の五の言わずに10本でも20本でもワクチンを
接種し、己の体でワクチンの安全性を実証すればよい。

■不遜に生きてきた人生のツケ

 ワクチン接種によって命を落としたり重症化したりし
ても、それは、今まで社会問題にも無関心で陰謀論にも
踏み込まないといった、不遜に生きてきた人生のツケで
あるという以外の何ものでもないのである。
 この薬害は、西洋医学では絶対に治せないだろうし、
可能性があるとすれば、代替医療を使うか専用レメディ
を摂取するということになる。しかし、そんな不遜な者
たちがこの領域を信じられるとは到底思えない。

 それを信じられるのであれば、初めからワクチンなど
接種しないのである。ワクチン接種で自分だけが薬害に
苦しむならともかく、スパイクたんぱく質をまき散らし
て非接種者にまで迷惑をかける体になっているのである。
 そのため、代替医療に治す可能性があるにも関わらず、
そういうサロンはすでに接種者を閉め出しているところ
もある。今後、その流れは業界全体へ波及していくこと
になる。ますます接種者は治す道を断たれることになる。

■まとめ

 管理者は、ワクチンが危険であるという認識であるが、
それを証明する証拠を集めておらず、それを集めること
に労力を費やそうとも思わない。ゆえに、接種しようと
する者たちを阻止できないし、しようとも思わない。
 管理者は、ワクチンを接種しないことによってコロナ
が恐れるほどのものではないことを実証するし、接種者
は、今後何本でもワクチンを接種して己の体でワクチン
の安全性を実証すればよい。

 これまで、自己責任の名のもとにこういう聞き分けの
いい人間を世の中は求めてきたではないか。その結果が
どうなろうと今回はこれに徹することにしている。こう
いうところは、管理者はどこまでも冷酷残忍である。
 本当に阻止する気がないのであれば、そもそもこんな
記事を書く必要がないとか言われそうであるが、勘違い
してはいけない。ブログとは、自己満足で書くものでも
あるということを忘れてはならない。
posted by darq_matter at 13:30| 陰謀追究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする