2015年10月04日

労働が無条件で尊いと考える愚


 世間一般のくだらない現実へ迎合成長した
大人は、早期リタイアを実現した者を

「あいつはいい歳こいて働かずにプラプラし
やがって。」

という見方をするが、それは集団主義思想が
前提にあり、環境の変化によってその主張は
簡単に覆ることを、前回説明しました。

 しかし、この主張は集団主義という概念を
持ち出さなくても、大きな間違いがあります。
 彼らは、そういう者たちが職にさえ就けて
本人にやる気さえあれば、確実によい結果を
生み出すとでも思っているのでしょうか?

 最初にマニュアルを覚えて、あとは手さえ
動かせば確実に前進する業務ならそれは当て
はまりますが、基本的にそういう業務ばかり
ではないでしょう。
 何か問題が発生したり、あいまいな業務が
発生したとき、当然進捗は停止するのでそれ
をいかに迅速に対応して進捗を再開するか、
という能力も必要となってきます。

 そもそも自分の業務が本当に世の中や会社
に貢献する内容かということを考えたことが
あるのでしょうか?
 無駄にコストばかりかかって成果は少ない、
または、ゼロであったり、最悪の場合、犯罪
に手を染めているかもしれません。

 世の中には、問題解決力や分析力が必要な
業務もあるし、その業務をこなせない人材も
います。本来なら不要な業務もあるし、不要
どころが害悪な業務もあります。
 労働が無条件で尊いとするくだらない倫理
観を保つために、無能な人材を教育したり、
不要な業務を無理やり作り出したりする行為
が、本当に正しいでしょうか?

 それに、この主張を持つ方々が仮に人事権
を持っていたとして、経歴に空白期間を持つ
者を本当に採用するでしょうか? とてもそう
は思えません。
 結局は「働け」と尻を叩くだけで、就職先
をどう見つけるかは自分で「考えろ」なので、
まさに言うは易しで、無責任の極みです。

 この主張をできる方々というのは例外なく
恵まれた環境にいると考えてよいでしょう。
 なぜなら、こんな主張をできちゃうほど頭
が悪いくせに、職にありつけちゃって給与を
もらえちゃっている身分だからです。まあ、
周囲の人間は迷惑しているでしょうけどね。

 そういうわけで、成長していない自分は、
くだらない現実へ迎合成長している人たちの
足手まといにならないように、なるべく早く
早期リタイアしようと思います。
 労働が無条件で尊いと考える方々は、死ぬ
までせいぜいお仕事がんばってください。


posted by dark_matter at 18:00| Comment(0) | 個人主義と集団主義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: